金城哲夫 ウルトラマン生みの親

 昭和41年に生まれて以来38年間という長期にわたって、子供たちのヒーローであり続けるウルトラマン。もちろん円谷プロの特撮技術が生み出したといってもいいのでしょうが、実は、その脚本を書いていたのは沖縄の人なのです。
 そうです。知る人ぞ知る、あの「金城哲夫」氏です。本土で生まれ育ち脚本家として活躍後、突然の帰郷、その後不慮の事故で37歳という若さでこの世を去りました。

 管理人が小さい頃は、沖縄のテレビに良く出ていました。本当にウルトラマンを生み出した人とは思ってなくて、一部の怪獣を考えた人だと勘違いしていました。なぜかというと怪獣の中には沖縄の方言を使った例えば「チブル星人」とか妙に沖縄っぽいものがいたからです。顔立ちも沖縄っぽく隣のおじさんという感じで、家も近かったので、本当のすごさがわからなかったのかも知れません。

 金城哲夫氏の自宅は沖縄県南風原町津嘉山にあり、「松風苑」というやしの木の茂る庭のあるすき焼き苑です。知り合いがよく宴会で使っていました。この中に金城哲夫資料館もあります。

 管理人が彼のすごさを知ったのは、彼の没後です。ウルトラマンの生みの親だということでテレビで何度も放映され、紹介されました。地元にこんなすごい人がいると本当に勇気付けられます。

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